1  このタイトルを御覧頂いた方で、業界以外の人は、東日本大震災の話題だと思われるだろう。しかし、私が、本稿で取り上げるのは、来る平成28年3月11日に行われる我が弁護士業界の臨時総会の話題である。私自身、よく分かっていないのであるが、3月11日に、司法試験合格者数に関しては異なる3つの内容の議案が、審議されるようである。
2  第一案は、司法試験合格者数を「直ちに1500人とする」「可及的速やかに1000人以下とする」 という決議をするという案。
     第二案は、「早期に1500人とするように求める」という決議をするという案。
     第三案は、「年間1500名以上輩出されるようにし,かつ,現在の年間1800名の水準を十分考慮し,急激な減少をさせない。」という決議をする、という案。
3  まず論じられるべきは、日弁連が、現段階で、司法試験合格者数について決議という形での意見表明をすべきか、であると思われる。すなわち、日弁連が、司法試験合格者数に関して、決議という形で意見表明をして、それぞれの議案の提案者にとって何か意味やメリットがあるのか、あるとしても、メリットがデメリットを上回っているのか、という問題である。
4  まず、日弁連の決議が、政府が司法試験合格者数を決定する際に与える影響について検討する。
    現在までの法曹養成制度改革の経緯等にかんがみれば、政府が司法制度合格者数を決定するに当たり、今回の日弁連の決議が考慮されるのか、極めて疑問である。したがって、政府に対する影響という点では、第1案乃至第3案のいずれも、その提案の目的と関連して、プラスの影響があるとは思えない。一方で、直接的な(マスコミ関係者等を通じての間接的な影響を除く。)マイナスの影響も、私には考えられない。
    仮に、第三案が決議された場合、政府が、合格者数1800人を維持する際の、ひとつの口実として用いることは考えられる。しかし、おそらく政府は、従前どおりの合格者の質が維持されれば、合格者1800人を排出する。一方で、政府は、合格者の質が維持できなければ、日弁連の議決に関係なく、合格者を減らすと考えられる。
    すなわち第三案の内容とおりの議決がなされたことが、口実として用いられることはあっても、日弁連の決議を考慮して合格者数が決定されることはないと考えられる。
5  次に、マスコミ関係者に与える影響という点ではどうか。
    仮に、第1案および第2案の内容の決議、特に第1案の決議をした場合、もっとも反発すると考えられるのは、法科大学院関係者を除けば、マスコミ関係者であると考えられる。そして、第1案及び第2案の決議をすることは、マスコミ関係者に対する関係で言えば、相当程度のリスクがある。
    800人決議がなされた時と同じように、マスコミ関係者が日弁連の議決に反発した場合、次にマスコミの攻撃の対象となるのは、おそらくは弁護士自治ではないかと考えられる(それしか残っていない)。すなわち、第1案及び第2案、特に第1案は、マスコミからの弁護士自治に対する攻撃の契機になりうることを考慮すれば、第1案及び第2案は、一定の、しかし重大なリスクを有することになる。
    第3案の内容の決議がなされた場合、マスコミがどのように報道するかはわからない。
6  また、法曹界に人を集めるという観点から論じる。
     私は、第1乃至3案の決議が、法曹養成プロセスに加わることを検討している学生に与える影響は、正直なところ、あっても限定的なものではないか、と思う。日弁連に司法試験合格者数の決定権がなく、学生も、日弁連に決定権がないことを知っている。よって、法曹養成プロセスに加わることを検討している学生も、日弁連の決議につき、将来の司法試験合格者数に影響はない、と判断すると考えられるからである。 したがって、日弁連の決議がたとえ第1乃至3のいずれであったとしても、予備試験及び法科大学院の受験者の数には、強い影響を与えないように思われる。
     まず、第1案及び第2案について、予備試験受験及び法科大学院受験を検討している学生が、第1案及び第2案の内容のとおりの決議がなされたという事実を知った場合、自分の進路に暗いイメージを持つ可能性は否定できない。しかし、彼らにとってマイナスの情報は、すでに流布されきっているのであり、実際には、学生の持つ弁護士という職業についての暗いイメージが多少増えるだけではないか、と思う。仮に第1案どおりの決議がなされたとしても、法科大学院および予備試験の受験者を確保するという観点から、どの程度、マイナスの影響があるのか疑問である。
    加えて、合格者数の減少は、合格後の待遇が改善される可能性が出てきたことを示す。そのことと、旧司法試験が、極めて少ない合格者数にも関わらず、少なくとも現在より遥かに多い出願者を吸引していた事実を考慮すれば、むしろ、第1案の決議がなされることにより、法科大学院及び予備試験の受験者数は、増加する可能性すらある。
     また、第3案について、司法試験の合格者が減っているから、法科大学院の志望者が減っているという事実があるのか、極めて疑問である。少なくともそのような事実の存在は、一切立証されていない。そして、上記の司法試験の合格者が減っているから、法科大学院の出願者が減っているという考えは、旧司法試験が、極めて少ない合格者数にも関わらず、少なくとも現在より遥かに多い出願者を吸引していたという事実を、合理的に説明できていない。また、上述のように、学生にとってのマイナスの情報は流布されきっている。日弁連が、司法試験合格者数を現状の1800人に維持する旨の決議を したとしても、そのことが、法科大学院または予備試験の出願者を増やす効果があるとは、私には思えない。
     第2案についても同様に、決議をしたことにより、予備試験及び法科大学院の出願者が増える効果または減らす効果があるとは、私には思えない。
7   以上述べたように、①政策決定に対する影響②マスコミ関係者に対する影響③法曹界に人を集めるという観点から、それぞれの決議の持つ影響を検討した場合、第1及び2案の持つ②マスコミに対する悪影響を与える可能性を除けば、いずれもプラスにもマイナスにも限定的な影響しか与えないのではないか、と考えられる。
8   一方、日弁連内部に与える影響についてはどうか。
     日弁連として、法曹要請制度改革審議会類似の会議等の公の場において、可決された決議の内容に反する意見を、公式の場では表明しずらくなると考えられる。第1乃至3の決議のいずれもが可決された場合においても、日弁連内部においては、一定の重要な効果がある。特に第1及び第3の案が可決された場合の対内的な効果は、重大なものがある。
9   上記のように、今回第1及び2の決議がされた場合、対外的には、マスコミによる反発を招き、ひいては、弁護士自治の存在が脅かされる、というデメリットがある。
      一方で、第1乃至3の議案のいずれが可決された場合でも、対外的な効果の獲得を狙うのであれば、それぞれの提案者の目的にとって、有意な効果は得られないように思う。
10  今回のいずれの決議についても提案者の目的に関連して、有意な効果があるとすれば、日弁連内部における効果である。しかし、マスコミにより、弁護士自治の存続そのものが争点化されていない現状においては、マスコミ関係者の無用の反発を招く第1及び2案を議決することは、自制すべきではないかと思う。   
11  以上のことからすれば、私は、800人決議の2の舞となりかねない、第1及び第2の内容の決議をすることは避けるべきであると考える。そして、第3の決議については、仮に可決されたとしても、効果が対内的ものにとどまると考えられ、提案者の目的に関連して、有意な効果を見出せないことからすれば、やはり決議をしない方が無難であると考えられる。
12  以上より、弁護士自治を維持することを前提にする以上、日弁連は、第1乃至3の決議いずれについても否決する、すなわち意見表明をしないのが、正しい態度であるように思われる。
       仮に、引き続きこのテーマについて書くことがあれば、個々の案について、より詳細に論じる。
13  しかし、なぜ、臨時総会の日が3月11日なのか。業界外からの受け止められ方を問題にするのであれば、東北大震災から未だ5年しか経過していないにもかかわらず、3月11日に臨時総会を開くことは避けるべきではなかったのか。私は、この点については、当日の審議がどのような結果になろうとも、遺憾である。