潜在的需要を顕在化させる云々といういわゆる潜在的需要論が言われて久しい。私には、潜在的需要の顕在化とは、具体的にどのようなものか、全く分からない。
 もっとも、弁護士にとっての潜在的需要が顕在化する、即ち、新たな市場が生まれる時は確かに存在しており、それは、新しい最高裁判例が出されたときである。
 過払い請求訴訟がそうであったように、今まで、倫理的には批判されてきたが、法律上違法とはされていなかったスキームについて、最高裁が、明確に違法と判断した場合、これまで訴訟にならなかったような事案でも訴訟が提起されるようになる。ここに弁護士にとっての新たな需要が生まれる。弁護士の需要を作るのは、判例である。
 従って、弁護士が新しく需要を作る一つの手段として、個人的におかしいと感じるような社会問題について、赤字覚悟で訴訟を提起し、新たな判例を作る、というものが考えられる。
 では、現在、潜在的需要が認められるような分野は何か。
 私は、保険及び投資という分野が、現在、もっとも弁護士にとっての有効な潜在的需要があるように思う。
 保険会社及び一部の投資会社には、コンプライアンスの意識が非常に低い会社が見られる。そして、バブル崩壊以後、特に2000年に入って以降、日本社会においては、金を持っている奴がえらい、という価値観が強くなっていった。そのような価値観の変化とともに、保険会社及び投資会社は、バブル崩壊以後、日本社会において、発言権を強めてきた。おごる平家は久しからずという言葉が示すように、権力を持つものは、確実に衰退していき、その当時における支配的な価値観も変わっていく。
 私は、近い将来、金を持っている奴が偉いという、2000年代に優勢であった価値観が衰退するとともに、保険会社及び一部の投資会社の地位も、衰退するように思う。そして、人々の間における金を持っている奴が偉いという価値観が転換するときに、新たな最高裁判例が生まれ、新たな弁護士の需要が生まれるように思うのである。