高校生の頃、尾崎豊にはまり、大学に入学した後も、しばらくは尾崎豊を聞いていた。
   尾崎豊を聞くようになったきっかけは、高校の友人にすすめられたからである。尾崎豊ファンの人が皆そうであるように、彼は、尾崎豊のことを「オザキ」と呼び捨てにして呼んでいた。友人は、尾崎豊のベストアルバムと、尾崎豊のライブのCD(調べると、約束の日という題名であったようである。)を、私に貸してくれた。そして、CDに収録されたライブの中で、尾崎豊が、Scrambling Rock'n'Rollを歌う前に「聞いてください、Scrambling Rock'n'Roll」と綺麗に発音できず「聞いて下さい、スクランブリック、ロックンロール」と若干噛でんしまう、という話を、私にしていた。
   私も、その友人から借りたベストアルバムを聞いて、尾崎豊にはまった。15の夜も、I Love Youも、僕が僕であるために、も、メジャーな曲は、皆いいと思った。当時、私は、早く高校を卒業して大学に行きたいと思っていたので、卒業という曲を特に好きになった。私は、よく高校をさぼっていたので、「放課後街ふらつき俺たちは風の中…ピンボールのハイスコア競いあった」という歌詞に共感していた(尾崎豊の歌詞では、放課後にふらつくのであるが、私は、時々午前中からふらついていた。)。
  尾崎豊の曲は、よく聞くと非常に単調であり、また、歌詞も非常に語彙が少なかったりする。しかし、なんともいえない魅力があった。私は、尾崎豊を特集した雑誌(坂本龍一とか、村上龍との対談が載っていたり、見城徹の尾崎豊についてのインタビューが載っていたりするもの)を買うくらい、尾崎豊にはまった。そして、ほかの尾崎豊のファンと同じように、尾崎豊のことを「オザキ」と呼び捨てにしていた。
  大学に入って以降は、シェリーを非常に好きになった。そして、太陽の欠片といった後期の曲も好きになった。
  しかし、私は、弁護士になろうと決めてから、尾崎豊をまったく聞かなくなった。何か、尾崎豊にはまっていた自分が若干嫌になった。私は、意図的に尾崎豊の曲を聞かないようにしていた。そして、尾崎豊にはまっていたこと自体、私は忘れるようになった。
  現在においても、私は、やはり、尾崎豊の曲は、聞こうとは思えない。一方で、ジュディマリや、ミスチルや、グレイといった10代の当時よく聴いていた歌手の曲は、大人になった今でもよく聴く。尾崎豊だけは、聞こうとは思えない。何か、尾崎豊の持つ不安定さが嫌なのである。その不安定さは、かつて、10代の私が持っていたものと同じものであった。その不安定さを思い出しそうで、私は、意識的に尾崎豊を避けている。
  私自身、大人になったのだと思う。