曽野氏のスタンスは、小説家というか文学者としては、ある意味正しい姿勢なのだと思う。しかし、権力をほしがってはいけない。
司法制度改革審議会の資料を読むにつれて、曽野氏の発言パターンが大体見えてきたように思える。曽野氏は、経験論者である。曽野氏の発言は、おおむね「私はこのようなことを体験したが、私の体験に照らすと、ほかの人はどうあれ、私はこう考える」という内容になっていることが多い。
以下は、第32回司法制度改革審議会議事録より引用した曽野氏の発言である。内容は要するに、大江健三郎氏の沖縄ノートに極悪人として書かれた、赤松隊長という人物が、本当に沖縄ノートにあったような悪行を行ったのか、曽野が自ら調査したが、その時の経験に照らせば、事実認定がいかに難しいか私は分かっているので、陪臣員制度に賛成することはできない、というもの。しかし、この人の発言は、論理にかなり難があり、何が言いたいのかイマイチ分からない。
「曽野委員】私は法が行われていない国をずっと歩いてきたんです。ブラジルには侵入区というものがあって、侵入する、invasion。そこにみんなが勝手に土地を不法占拠するもので、法が人生を解決するなんていうことを思っていない人々がいっぱい地球上にいるということですね。この中で、陪審にもし選ばれたらどうなるかということを体験しているのは、私が一番だろうと思うんです。」(第32回司法制度改革審議会議事録)
まず曽野氏は、自分の豊富な経験を語る。そして、自分の豊富な経験を根拠に、自分が陪臣にもし選ばれたらどうなるか、ということを体験しているのは、私が一番だろうと思うと述べる。曽野氏の論理は、この発言に見られるように、自分は、ほかの人ができないような特殊な経験をしたんだ、だから、私は、○○についてよく分かっているんだ、という内容であることが多い。
「例えば、今おっしゃいましたが、私が12人の中に選ばれたとしますね、私は与えられた資料を全く信じませんから、そこから私の任務というのは発生すると思っております。私は、沖縄に関しまして『ある神話の背景』というのを書いたんです。これは渡嘉敷島の集団自決において、陸軍の特攻舟艇部隊の赤松という隊長が、村民に自決命令を出したということが定着いたしまして、大江健三郎の『沖縄ノート』の中には、この赤松隊長に関して罪の巨塊とまで書いたんです。」
やはり、曽野氏は、自分の経験論を語る。今回は、沖縄ノートの虚構(曽野氏の主張によれば)を暴いた経験を語り、その上で陪臣員に自分が選ばれた場合には、どのように振舞うかを語る。曽野氏は、畢竟、陪臣員に選ばれたとしても、自分は、自ら資料の裏づけを取らないと気が済まないので、陪臣員なんか絶対やれない、と言いたいようである。第32回司法制度改革審議会は、陪臣員制度の是非を論じる会議であり、曽野氏が、陪臣員制度をできるかどうかについて論じる会議ではないのであるが。
また、裁判所が与えられた資料をお前信じろといわれたら絶対信じませんから、という発言の趣旨は理解しがたいが、沖縄ノートの虚構(曽野の主張では)を自ら暴いた経験から、既存の資料を私は、自ら裏づけを取ることなく信じることはできない、という趣旨の発言のように読める。この人の発言は、いちいち解釈がいる。複雑な人間模様を表しているのか?
「私は、これほど悪い人はこの世に余りいそうにないから会ってみたいと思いまして、それからその調査を開始いたしました。本当にお金と体力、お金は大したことありませんけれども、体力をすり減らしました。そして沖縄県の資料、その他から筆跡も付き合わせるようなことまでやって、それが立証できないことがわかったんです。私は、赤松という隊長とそのとき初めて会いましたので、何の個人的関係もありません。ですから、その人がいい人であっても、悪い人であっても一向に構わないんです。そしてまた、その特攻舟艇部隊というのは、百数十人、もっといたと思いますけれども、その人たちにわざと個別に会いました。なぜならば、一緒に会うとかばいますから。そういう食べ物もなくて、生きるか死ぬかの状態にいるときには、必ず赤松隊長に恨みを持った人もいるはずですから、個別に言えば私にこっそりと、実はあの人命令出しているという人がいるかと思いまして、それを体で調査しました。出てこなかったんですけれども、それはそんなことやれないです。そして、私は裁判所が与えられた資料をお前信じろと言われたら、絶対信じませんから、事実上できない。ですから、陪審員というものがありましたら、私がやらなきゃ構いませんけれども、私だけは願い下げという感じです。」
私だけは願い下げという感じです、というように、私はこうだ、私はこう思う、という発言がほとんどである。とにかく徹頭徹尾、私、私、である。私(このブログの筆者)は、マークス敏子という人の著作を読んだときの不快感を思い出した。
この曽野氏の発言に対して、佐藤幸治は、軽く流している。佐藤幸治の対応は、若干面白い。
「【佐藤会長】そうですか。では、藤田委員どうぞ。」
国民の代表者として話すという、スタンスとして曽野氏は話しているようである。しかし、曽野氏は、国民の代表者としても、発言できていない。結局、曽野氏は、自分の経験はこうで、その時の経験に基づいて私が学んだことはこうだ、というように、私個人のことしか話せていない。 実は、曽野氏は、司法制度改革審議会において、ほとんど話していないが、曽野氏が、司法制度改革に関連するような経験がなかったからかもしれない。
コメント
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http://keybow.co/akamatutai/sinjite-aoi.html
上記にある写真がそうです。 私がこのことを発見したのは2007/12/3ですが、まだ一部にしか流通していないようです。