大学には、語学別にクラスがあった。大学に入った直後は、クラスごとに合宿に行ったり、コンパをやったりと、何かとクラス単位で行動することが多かった。次第に、コンパをやろうとしても、特定のメンツ以外は来なくなって行き、クラスの主流派のような集団が出来上がるようになる。
弁護士会でも同じようなことが起こる。弁護士会の催し物や会務の場などには、特定のメンツ、特定の事務所に所属する人以外こなくなり、よく来る人=当該弁護士会の主流派ということになる。
人間の集団は、どのような集団でも、そのような傾向を持つので、弁護士会に主流派と呼ばれる人が存在することは、いたし方ないと思う。しかし、いくつか問題が存在する。
① 主流派の意見=弁護士会の意見となってしまう。特に、思想信条の自由に関するような問題について、自分と異なる意見が、弁護士会の意見として公式発表されてしまうことが結構ある。
② 主流派に所属している=仕事ができるかのような意識が、主流派に所属する先生にある。
私が嫌だなと感じるのは②である。なんというか、会務に熱心な先生の中には、ジャイアン的な人や、中心指向、権力志向の強い人が結構な割り合いでいる。えてして、そういう類の人は、俺が偉いとか、俺が仕事ができる、というように(声には出さないけど)振る舞いがちである。私の経験上、そういう人で、仕事のできる人は皆無である(私は、自分で仕事ができるという人間で、仕事ができる奴はいないと信じている。)。そして、そういった人は、自分の近しい人を、ほめる傾向にある。特に、修習中は、仕事の出来とか不出来とか良く分からないうえに、会務に熱心な人とばかり会うことになるので、良く会う先生=主流派に所属する先生およびその仲の良い先生が、仕事が出来る先生と勘違いしがちである。実務に出てから、誤解を恐れず厳しい言い方をすれば、単に、彼らが馴れ合っていただけであることに気づく。
弁護士会が強制加入団体であることは、これらの主流派と呼ばれる存在に、一定程度、かかわりを持たなければならないことである。翻せば、主流派が傲慢な振る舞いをすればするほど、弁護士会の内部に、強制加入団体をやめるべし、という意見が強くなる可能性がある、ということである。主流派にいる先生は、自戒すべきと思う。
弁護士会でも同じようなことが起こる。弁護士会の催し物や会務の場などには、特定のメンツ、特定の事務所に所属する人以外こなくなり、よく来る人=当該弁護士会の主流派ということになる。
人間の集団は、どのような集団でも、そのような傾向を持つので、弁護士会に主流派と呼ばれる人が存在することは、いたし方ないと思う。しかし、いくつか問題が存在する。
① 主流派の意見=弁護士会の意見となってしまう。特に、思想信条の自由に関するような問題について、自分と異なる意見が、弁護士会の意見として公式発表されてしまうことが結構ある。
② 主流派に所属している=仕事ができるかのような意識が、主流派に所属する先生にある。
私が嫌だなと感じるのは②である。なんというか、会務に熱心な先生の中には、ジャイアン的な人や、中心指向、権力志向の強い人が結構な割り合いでいる。えてして、そういう類の人は、俺が偉いとか、俺が仕事ができる、というように(声には出さないけど)振る舞いがちである。私の経験上、そういう人で、仕事のできる人は皆無である(私は、自分で仕事ができるという人間で、仕事ができる奴はいないと信じている。)。そして、そういった人は、自分の近しい人を、ほめる傾向にある。特に、修習中は、仕事の出来とか不出来とか良く分からないうえに、会務に熱心な人とばかり会うことになるので、良く会う先生=主流派に所属する先生およびその仲の良い先生が、仕事が出来る先生と勘違いしがちである。実務に出てから、誤解を恐れず厳しい言い方をすれば、単に、彼らが馴れ合っていただけであることに気づく。
弁護士会が強制加入団体であることは、これらの主流派と呼ばれる存在に、一定程度、かかわりを持たなければならないことである。翻せば、主流派が傲慢な振る舞いをすればするほど、弁護士会の内部に、強制加入団体をやめるべし、という意見が強くなる可能性がある、ということである。主流派にいる先生は、自戒すべきと思う。
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