1 以前、法テラスについて思うこという記事を書いたが、其の記事が一部で非常に批判されたようである。批判について、特に釈明したり、コメントしりはしない。しかし、私は、やはり、法テラスは、弁護士業界そしてひいては法治国家にとって、多大な危険性を有していると言わざるをえない。
2 まず、議論を単純化するために、弁護士法により、弁護士が関与する仕事が、離婚訴訟しかなく、弁護士の業務が、離婚訴訟に関する裁判所提出用の書面作成に限定されているという世の中を想定する。弁護士は、離婚訴訟の裁判所提出用の書面作成以外の仕事を受任してはならず、離婚事件について交渉も行ってはならない。そして、司法書士等の隣接士業は存在しない。弁護士でない人は、事件性の有無及び報酬の有無に関わらず他人の法律事務について、関与してはならない。弁護士は、個々の事件の性質に関わらず、1件当たり一律の値段で、サービスを提供しなければならない。弁護士違反の刑罰は、死刑しかなく、弁護士及び弁護士以外の人は、皆、弁護士法を厳格に守っている。
3 したがって、世の中にあるリーガルサービスは、弁護士が提供する離婚訴訟の裁判書提出用の書面作成のみである。
4 そして、世の中には、従来A弁護士とB弁護士しかいなかった。そして、A弁護士及びB弁護士ともに、離婚裁判所の裁判所提出用の書面作成業務につき、1件当たり、一律金20万円で受任していた。
5 そのような世の中で、B弁護士は、政府の機関に雇われることになり、政府から給料を支払ってもらえるようになり、代わりに売り上げは、全て政府に上納されることになった。そして、B弁護士の給料の原資は、B弁護士の稼いだ売り上げと、税金で賄われることになった。
6 B弁護士は、公務員となったので、食っていけるか心配いらなくなった。そして、B弁護士は、政府の意向もあり、離婚裁判所の裁判所提出用の書面作成業務につき、1件当たり、一律金10万円で受任し始めた。
7 以上より、世の中には、離婚裁判所の裁判所提出用の書面作成業務につき、1件当たり、一律金20万円で受任する業者(A弁護士)と一件あたり一律金10万円で受任する業者(B弁護士)が、存在することになった。
8 そして、このような状況下において、仮にB弁護士の提供する10万円払って受けられるサービス=離婚訴訟の裁判所提出用の書面作成業務の質と、A弁護士の提供する20万円払って受けられるリーガルサービス=離婚訴訟の裁判所提出用の書面作成業務の質のが同じであると仮定する。すると、誰もがB弁護士を選択する。そして、20万円のサービス=A弁護士は、誰からも選ばれなくなり、20万円のサービスを提供していた業者(=A弁護士)は、当該リーガルサービスの値段を、10万円まで下げざるを得なくなる。よって、市場からは20万円のリーガルサービスを提供する業者(弁護士)が存在しなくなり、当該サービスの市場価値は、20万円から10万円まで落ちる。
9 このことは、一見、消費者にとってよいことであるようにも思える。実際、法テラスを推進しようとした人の狙いは、上記のように、弁護士の提供するリーガルサービスの対価を、市場全体として、下げることにあるようにも思える。
10 しかし、事態は、そう単純ではない。あるサービスの市場価格が10万円まで落ちた場合、従来20万円でサービスを提供していたAは、今までどおりの売り上げを上げようと思えば、今までの2倍、事件数をこなさなければならなくなる。しかし、人間の仕事量は有限であり、2倍の仕事をこなすことは不可能である。よって、サービスの提供者(弁護士)であるAが、従来どおり、つまり10万円で離婚訴訟の書面作成業務を引き受ける業者が市場に出現するまでの売り上げを維持するための方法としては、同じ仕事量で、売り上げを維持すること、つまり、1件当たりの仕事量を減らす他なくなるということになる。1件当たりの仕事量を減らすとは、要するに手を抜く、ということである。
11 そして、サービスの提供者にとって、売り上げを落とすことは、すなわち生活レベルを落とすことであり、売り上げを落とさないというインセンティブは強烈である。よって、A弁護士が、①手を抜いて、売り上げを維持するか②1件当たりの仕事量を維持したまま、つまり手を抜かずに売り上げを減少することを容認するか、いずれかを選択する場合、仮にA弁護士が経済的合理的に行動すると仮定すれば、①手を抜いて、売り上げを維持する方を選択する可能性が高いということになる。
12 A弁護士が手を抜いた事件処理を行った場合、人々の依頼は、B弁護士に殺到すると思われるかもしれない。しかし、B弁護士にも同じく仕事量の限界がある。B弁護士は、殺到する依頼を裁くために、1件当たりの仕事量を減らす、つまり、手を抜かざるを得なくなる。結局、世の中における、1件当たり、つまり弁護士が一つの離婚訴訟における書面作成業務に費やす時間は、減少することとなってしまう。
13 上記の論は、あくまで極論である。また、経済的な現象を思考するにしては、かなり論理がアバウトになっている。現実の世界は、多種多様なリーガルサービスがあるし、サービスの提供者が違うのに、仕事の質が違うことはありえない。しかし、現実として、従来よりも、安価で、かつ良質のサービスの提供者が市場に参入した場合、当該安価な新規参入業者を含めて、サービスの提供者が、従来の生活レベルを落とさないために、手を抜かないことをいとわないという前提の下で思考すると、やはり、必然的に、1件あたりのサービスにかける時間は減る、つまり手抜きが生じる危険性は、存在しているように思われる。
14 そして、弁護士のサービスが特殊なのは、職務基本規定により、手抜きが厳禁されている点である。したがって、手を抜いて、従来の売り上げを維持するか、又は、売り上げの減少を容認するか、選択に迫られた際には、手を抜く方を選択しづらくなっている。しかし、それでも、やはり自らの生死に関わるような選択であった場合、つまり、手をぬいて大量に案件を処理しなければ、弁護士を辞めて生活保護を受けるしかないという状況にまで追い込まれれば、弁護士は、手を抜く方を選択する。
15 そして、私は、個人的には、法テラスは、上記の極論の有する危険性、つまり、結局は、1件当たりの事件処理にかける時間を、従来よりも減らす危険性を有しているように思うのである。やはり、私は、法テラスは好きになれない。