1  弁護士の仕事は、サービス業である。そして、サービス業一般に言えることだが、商品に形がない以上、顧客のためにやるべきことは、無限大に増えていく。したがって、どこかで、やるべきことの線引きをする必要がある。これは、弁護士の仕事に限ったことではない。サービス業一般に言えることである。
2  弁護士1年目に、私がボスからもっとも多く注意されことが、依頼者に対して、俺は、これしかやらない、という態度を身に付けろということであった。ボスが1年目の私に言っていたのは、要するに、委任契約の内容以外のことは絶対にやらない、依頼者から委任契約の内容以外のことを要求されれば、新たに金を取るということである。彼は、私に対して、ほとんど指導をしなかったが、依頼者に対する態度と依頼者との委任契約の締結の仕方だけは、非常にうるさく指導した。 
3  弁護士1年目は、ボスから言われた意味がよくわからなかった。私は、依頼者の頼みごとは、できる限りやろうとしていた。依頼者からの本当にどうでもよいような頼みごと(国選弁護人の猫のえさやりとかそういった類のことである。)についても、全力でやっていた。
4  一方で、私のボスは、依頼者に対しては、絶対に我侭は言わせないようにしていた。そして、依頼者が何かやってくれ、と委任契約の内容以外のことを言って来れば、無視するか、絶対に新しく契約を結び、金を取るようにしていた。
5   ボスのやり方に、弁護士1年目当時、反発を覚えなかったか、といわれれば、それはうそになる。彼は、極端な人であった。刑事事件はやらないし、資産家以外、一切相手にしないという人であった。弱者救済という考えを毛嫌いしており、典型的なブル弁であった。

6   しかし、私が、依頼者から、事件処理とは関係のない、どうでよい頼みごとをやったことで、依頼者から感謝されたのか、きわめて疑問である。また、同じく、依頼者のどうでもよい頼みごとをやったことで、依頼者の利益になったのかも疑問である。そして、私は、確実に、事件処理と関係のない無駄なことをやることで疲弊した。
7  現在では、私は、ボスの考え方は、正しいと考えている。
8  弁護士が何かをやる、ということは、たとえそれが無償であっても責任が発生する。たとえば、無料法律相談において、誤ったことを回答すれば、弁護士は損害賠償責任を負う。プロであるということは、その自らの負っているきわめて重い責任を自覚することである。何でもかんでも、依頼者から言われたことをほいほいやるのは、結局、自分がプロであるということの自覚がないのである。
9  そして、弁護士に対して、無駄なこと(起案の質など、弁護士としての本質的なサービスを除く。)を多々要求してくる依頼者は、結局は、何をどれだけうまくやっても満足しない。また、そういう無駄な要求ごとの多い依頼者ほど、金払いは悪く後で、クレームをつけてくる可能性も高い。そして、依頼者の側も、言われたことをホイホイやる弁護士を、よい弁護士と思わないのである。
10 俺はこれしかやらない、という態度を、今後、磨いていきたいと思う。