司馬遼太郎の初期小説に「風の武士」という小説がある。
   時代は幕末。司馬遼太郎の作品であるが、完全なフィクションである。
   主人公柘植信吾は、伊賀の隠密の末裔である旗本の次男坊である。
   その次男坊が、幕府の命令によって、大和吉野の山中にあり、財宝が山ほど眠っているという安羅井国という隠し国を探しにいく。主人公の奈良への旅には、安羅井国のお姫様と道案内人としての安羅井国人が同行する。
   紀州藩も安羅井国を探しており、主人公と紀州藩の舞台が、奈良吉野の山中で死闘を繰り広げることになる。紀州藩との死闘の果てに、安羅井国にたどりついた主人公が見たものは、ユダヤ人の隠し国であったというストーリー。
   司馬遼太郎の小説としては、ラブロマンスもどきの描写もあり、ファンタジーのような要素もあり、異色である。司馬遼太郎がこんな作品を書いていたのか、と思うような一作である。
   しかし、非常に面白い。安羅井国ってどんな国、とどんどん先が知りたくなる上、司馬遼太郎の巧妙な技術によって実際に安羅井国が存在したかのように錯覚してしまう。傑作である。