1  かつて、私は、中坊公平弁護士の名前を朝日新聞でよく目にした。私の記憶によれば、確か中坊氏は、朝日新聞でコラムを書いていたと思う。また、私は、子供の頃に正義は勝つという、織田裕二が弁護士を演じるドラマがあった。同じく私が子供のころに興じた人生ゲームというボードゲームでは、主人公が選択できる職業のうち、弁護士がもっとも収入が高く、医者よりも収入が多い設定となっていた。
2   私は、子供ながら、弁護士という職業が何か特別なものだと思っていた。司法試験という試験はむちゃくちゃ難しい試験であるとも聞いていた。もっとも、子供の頃、私は特に弁護士になろうとは思っていなかった。
3   1990年代の終わり頃から2000年のはじめにかけて、司法制度改革について議論がなされていた。そして、新聞等のマスコミなどで、弁護士は今のままではだめだ、という論じられていたらしい。その頃も、私は特に、弁護士に興味がなかった。
4   私が弁護士になろうと思った頃には、既に法科大学院制度ができていた。弁護士も今までのように、座っているだけで収入を得られると思ったら大間違いだなどという意見が、ますます声高に論じられていた。 
5   そして、私が弁護士になったころには、志願者の減少等により、法科大学院制度は崩壊しかかっていた。
6   なぜ、私が、弁護士になろうと思ったのか思い出せない。しかし、それなりに重大な決断であったと思う。また、周囲が社会人になって、どんどん先に進んで行くのを横目に、法科大学院で勉強をするのは若干きつかった。
7   司法試験受験を決意すること自体、リスクを取ったことである。私の主観では、司法試験に合格することは、いくら合格者が増えたとは言っても、東大に合格するよりは難しかった。
8   私は、現在においても、司法試験を合格した人には、少なくとも、それなりのを与えられるべきことではあるように思う。しかし、現在では、司法試験合格者には、最低限の生活も保障されていない。このように、司法試験受験を決意するという選択が、ハイリスク・ローリターンになっている状況では、法曹を志願する人は誰もいなくなるのは当然である。